うつろひたる菊 品詞分解。 蜻蛉日記町の小路の女うつろひたる菊品詞分解現代語訳(2/2ページ)

蜻蛉日記 「うつろひたる菊」解説

うつろひたる菊 品詞分解

九月 【注1】ばかりになりて、 出でにたる 【注2】ほどに、箱 の 【注3】あるを、 手まさぐり 【注4】に開けて見れば、人のもとに やらむ 【注5】と しける 【注6】文あり。 あさましさ 【注7】に、 見てけり 【注8】と だに 【注9】 知られむ 【注10】と思ひて、書きつく。 うたがはし 【注11】ほかに 渡せる 【注12】 ふみ 【注13】見ればここや とだえ 【注14】に ならむ 【注15】と すらむ 【注16】 など思ふほどに、 むべなう 【注17】、 十月 【注18】 つごもり方 【注19】に、三夜 しきり 【注20】て 見えぬ 【注21】ときあり。 つれなう 【注22】て、「しばし 試みる 【注23】ほどに。 」など、 けしき 【注24】あり 重要な品詞と語句の解説 語句【注】 品詞と意味 1 九月 名詞。 読みは「ながつき」。 陰暦九月の異称。 2 出でにたる ダ行下二段動詞「出づ」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+完了の助動詞「たり」の連体形。 意味は「出て行ってしまった」。 3 の 格助詞の主格。 意味は「~が」。 「の」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 4 手まさぐり 名詞。 意味は「手先でもてあそぶこと・手慰み」。 5 やらむ ラ行四段動詞「やる」の未然形+意志の助動詞「む」の終止形。 意味は「やろう」。 「む(ん)」の見分け方については、以下のページで詳しく解説をしていますので、よろしかったら、ご確認下さい。 6 しける サ変動詞「す」の連用形+過去の助動詞「けり」の連体形。 意味は「した」。 7 あさましさ 名詞。 意味は「驚きあきれること」。 8 見てけり マ行上一段動詞「見る」の連用形+強意(確述)の助動詞「つ」の連用形+詠嘆の助動詞「けり」の終止形。 意味は「見てしまったよ」。 9 だに 副助詞。 意味は「せめて~だけでも」。 10 知られむ ラ行四段動詞「知る」の未然形+受身の助動詞「る」の未然形+意志の助動詞「む」の終止形。 意味は「知られよう・分かってもらおう」。 11 うたがはし シク活用の形容詞「うたがはし」の終止形。 「疑はし」と「橋」の掛詞。 12 渡せる サ行四段動詞「渡す」の已然形+完了の助動詞「り」の連体形。 意味は「渡した・与えた」。 「渡せ」は、「はし(橋)」の縁語。 13 ふみ 名詞。 意味は「手紙」。 「文」と「踏み」の掛詞。 「踏み」は、「はし(橋)」の縁語。 14 とだえ 名詞。 意味は「男女の仲が途絶えること」。 「途絶え」は、「はし(橋)」の縁語。 15 ならむ ラ行四段動詞「なる」の未然形+推量の助動詞「む」の終止形。 意味は「なろう」。 16 すらむ サ変動詞「す」の終止形+現在推量の助動詞「らむ」の連体形。 意味は「するのだろう」。 「らむ」は係助詞「や」に呼応している。 17 むべなう 連語。 意味は「なるほど」。 18 十月 名詞。 読みは「かんなづき・かみなづき」。 陰暦十月の異称。 19 つごもり方 名詞。 意味は「下旬ごろ・月末ごろ」。 20 しきり ラ行四段動詞「しきる」の連用形。 意味は「連続で起こる」。 21 見えぬ ヤ行下二段動詞「見ゆ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形。 意味は「見えない」。 22 つれなう ク活用の形容詞「つれなし」の連用形。 意味は「よそよそしい・そしらぬ顔だ」。 「つれな う」は「つれな く」がウ音便化している。 23 試みる マ行上一段「試みる」の連体形。 意味は「試してみる・様子を見る」。 24 けしき 名詞。 意味は「態度・そぶり」。 九月ごろになって、(夫の兼家が)出て行ってしまったときに、文箱が置いてあるのを(見つけて)、手慰みに開けて見ると、他の女性のもとにやろうとした手紙があった。 驚きあきれて、せめて見てしまったよとだけでも知られようと思って、和歌を書きつける。 疑わしいことです。 他の女性に渡した手紙を見ると、ここ(私の所)へ来るのが途絶えようとしているのでしょうか。 などと思っているうちに、なるほど(やはり)、十月の下旬に、三夜連続で、姿が見えないときがあった。 (夫は戻ってくると)そしらぬ顔をして、「しばらくあなたの気持ちを試しているうちに(日が過ぎてしまったよ)。 」などと言った態度であった。 いかがでしたでしょうか。 この箇所で特に重要な文法事項は次の通りです。

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蜻蛉日記町の小路の女うつろひたる菊品詞分解現代語訳(2/2ページ)

うつろひたる菊 品詞分解

スポンサーリンク 『蜻蛉日記』は、夫への不満、恨み、憎しみを 延々と書き綴った日記です。 私のもとに通ってくれない、あれしてくれない、 これしてくれない、不満、恨み、憎しみ。 なんと21年間ぶん。 すさまじい負のエネルギーです。 嫉妬と憎しみの見本市 作者は 藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)。 本名はわかっていません。 平安時代中期の作品です。 作者はエリート中のエリートである藤原兼家に 求婚され結婚します。 しかし夫兼家の浮気にいつもヤキモキさせられ、 愛情を独占できないという恨み不満憎しみが増すばかり。 長男道綱が生まれるものの、夫の足は遠のいていくのでした。 長い結婚生活の間には楽しいこと、ユカイなこともたくさんあったろうに、 そういう明るい話題は意図的に避けられ、暗い話重い話ばかりが執拗に収集され、陳列されています。 すごくドロドロした、怨念めいたものを感じます。 ほとんどの男性は共感できないでしょう。 というか、途中で投げ出すと思います。 嫉妬と憎しみの見本市です。 ぼくは読んでて気分が悪くなりました。 むしろ女性でも共感できる方は 少ないんじゃないでしょうか。 地獄の底からこみ上げるような負のエネルギー、 女性のイヤーな部分がとてもよく出ている、 文章というはけ口がなかったら、この作者は さらにロクでもないことになっていたことでしょう。 「蜻蛉日記」 その構成 「蜻蛉日記」は三部に分かれます。 第一部が15年間、 第二部、第三部がそれぞれ3年間のできごとをつづっています。 第一部では兼家からの求婚、結婚、息子道綱の出産。 そして夫に愛人があらわれ嫉妬に狂います。 第二部ではますます兼家の足は遠ざかり、 作者は出家すると言って騒ぎます。 (でも息子に泣き言をいわれ出家はやめました) 第三部では兼家からの愛をすっかりあきらめ、 息子道綱の将来に望みをたくします。 スポンサーリンク 道綱母 その人物 与えられることをジッと待つだけで、与えることをしない、 私を幸福にしてよ。 どうして私だけ愛してくれないのと、 恨みつらみ。 未成熟というか。 人間的に、小さいと思います。 ノイローゼ、お嬢様育ちで世間知らず。 夫兼家と愛人の間にできた子供が病気で死んだときは、 これで少し気が晴れたザマーミロみたいなこと書いてます。 歌がうまくて美人だから救いがあるものの、 それ以外は人間として終わっています。 後半は旦那からの愛情をあきらめ、息子道綱の将来に望みをかけていますが、 こんな母を持った息子こそたまったもんじゃありません。 息子に自己愛を投影している感じがします。 嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る 百人一首にも採られているこの歌などは、よく 作者の人柄をあらわしています。 私を訪ねてくれないあなたのことを思いながら独り寝の夜の なんと長いことでしょう。 あなたには、わからないでしょうけど。 おっとろしい怨念に満ちています。 こんなこと言われたら男は引いちゃうと思います。 夫 藤原兼家 その人物 そして、ギャアギャア言われている旦那・藤原兼家が それほどヒドイ男性かというと、 ぜんぜんそんなことは無いです。 まったく、逆です。 スバラシイ男性です。 血筋も申し分なく、出世街道をひた走る、 エリート中のエリートです。 摂政となり天皇家の外戚として権力をふるい、 太政大臣、関白にまでのぼりつめます。 藤原氏繁栄の基礎をきずいた人物です。 しかもユーモアのセンスもあり、気さくで、 モテまくりです。 作者もこんなスバラシイ男性にいい暮らしを保障されていたのだから、 ほんの少しでも感謝の言葉を書けばいいのに。 ゆがんでます。 皮肉なことに作者が夫の悪口を書けば書くほど、 夫の人間的大きさが浮き彫りになっています。 一夫多妻の通い婚 まあ当時は一夫多妻の、通い婚ですから、 結婚といっても女性の立場はとても弱いものでした。 男性が通ってこなくなれば、 それきり生活のよりどころが無くなるのです。 部屋で待っていて、あ、あの人の車が通る。 表に、先払いの声がする。 今度こそ来てくれたんだわと、 化粧なんか整えて、待っている。 今か今か、今度こそ私の館で止まってくれる。 ガタガタガタ… でも男の車は、無情にも門前を通り過ぎていってしまう… ああなんてつれないお方。 私の気持も知らないで。 そんな場面もあったのです。 かさぶたをひっぺがす感覚 というわけで、 読んでもけしていい気分になれる作品ではないです。 むしろ気が滅入ります。 しかし「蜻蛉日記」には、 人をひきつけてやまない何かが、あると思います。 それはホラー映画をみたり、インターネットでグロ画像を 検索するときの、ドギツイ世界をのぞいてみたい、 かさぶたをひっぺがす感覚に 近いものがあるんじゃないでしょうか。 冒頭 かくありし時過ぎて 原文 かくありし時過ぎて、世の中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経る人ありけり。 かたちとても人にも似ず、心魂もあるにもあらで、かうものの要にもあらであるも、ことわりと思ひつつ、ただ臥し起き明かし暮らすままに、世の中に多かる古物語のはしなどを見れば、世に多かるそらごとだにあり、人にもあらぬ身の上まで書き日記にして、めづらしきさまにもありなむ、天下の人の品高きやと問はむためしにもせよかし、とおぼゆるも、過ぎにし年月ごろのこともおぼつかなかりければ、さてもありぬべきことなむ多かりける。 現代語訳 半生を虚しく過ごしてきて、まことに頼りなく、どっちつかずな感じで生きている女がいた。 容貌も人並み以下で、分別もあるような無いような、こんな人間が世の中から必用とされないのも当たり前だと思いつつ、ただ毎日起きて寝てボサっと暮らしていた。 そんな中、世の中に多くある昔物語のはしばしを読んでみると、ありきたりな作り話ですら人の注文を集めなどしている。 私のように人並みでない経験を持った者が日記を書いたら、さぞ重宝がられ、注目されるんじゃないか。 最上級に身分の高い男性と結婚したら、その結婚生活はどんなものなのか?その例となればいいと思ったものの、過去のことはだいぶ忘れている。 まあ不完全でも書かないよりはいいだろうという気持で、あいまいに書いた部分も多くなってしまった。 音声つきメールマガジン「左大臣の古典・歴史の名場面」のご案内 現在18000人以上が購読中。 メールアドレスを入力すると、日本の歴史・古典について、楽しくわかりやすい解説音声を無料で定期的に受け取ることができます。 毎回10分程度の短い解説で、時間を取りません。 楽しんで聴いているうちに、日本の歴史・古典について、広く、立体的な知識が身につきます。 スマートフォン・Androidでもお聴きになれます。 不要な場合はいつでも購読解除できます。 いつも使っているメールアドレスを入力して、 「無料メルマガを受け取る」ボタンをクリックしてください。 次回からお使いのメールアドレスにメルマガが届きます。 単に「覚える」ということを越えて、深く立体的な知識が身に付きます。 現代語訳つき朗読「おくのほそ道」 『おくのほそ道』は本文だけを読んでも意味がつかめません。 現代語訳を読んでもまだわかりません。 簡潔で最小限の言葉の奥にある、深い情緒や意味。 それを味わい尽くすには? 李白 詩と生涯 中国の詩である漢詩 唐詩 を日本語書き下しでだけ読んで、本当に味わったと言えるでしょうか?やはり中国語でどう発音するのかは、気になる所だと思います。 詩吟愛好者の方にもおすすめです。

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更級 日記 門出 品詞 分解

うつろひたる菊 品詞分解

その方面。 あなた。 心寄せ=名詞、期待を寄せること、あてにすること おぼし=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の連用形。 「思ふ」の尊敬語。 動作の主体である藤原道長を敬っている。 作者からの敬意。 どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。 中務の宮に関することに、(道長殿は)ご熱心で、(私のことを)そちらに心を寄せているものとお思いになって、 語らは せ 給ふも、まことに心の中には思ひ居 たること 多かり。 せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。 「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。 「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である藤原道長を敬っている。 作者からの敬意。 給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語 たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形 多かり=ク活用の形容詞「多し」の終止形。 「多かり」は活用表で判断すると連用形であり、終止形ではないはずだが、このように終止形として使うことがある。 同様の例外として「同じ(シク活用)」が存在する。 例:「同じ(連体形)/顔(名詞)」 (私に)お話になるのにつけても、本当に(私の)心の中には思案していることが多くある。 行幸 みゆき 近くなり ぬとて、殿の内を、いよいよつくりみがか せ 給ふ。 「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。 「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である藤原道長を敬っている。 作者からの敬意。 給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の終止形、尊敬語 (一条天皇の)行幸が近くなったということで、屋敷の中を、いっそう手入れをして立派になさる。 よに おもしろき菊の根を、尋ね つつ掘りて 参る。 よに(世に)=副詞、実に、非常に、はなはだ。 参る=ラ行四段動詞「参る」の終止形、「行く」の謙譲語。 動作の対象である藤原道長、あるいは中宮彰子を敬っている。 作者からの敬意。 (人々は)実にすばらしい菊の根を、探し求めては掘って持って参上してくる。 色々 うつろひ たるも、黄なるが見所あるも、様々に植ゑたて たるも、朝霧の絶え間に見わたし たるは、 うつろひ=ハ行四段動詞「移ろふ(うつろふ)」の連用形、色あせる、衰える。 色が変わる。 移動する。 時間が過ぎる たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。 残り二つの「たる」も同じ。 色とりどりに色変わりした菊も、黄色で見所のある菊も、さまざまに植えこんである菊も、朝霧の絶え間に見渡した景色は、 げに 老いも しぞき ぬ べき心地するに、なぞ や。 げに(実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。 本当に しぞき=カ行四段動詞「退く(しぞく)」の連用形。 しりぞく、後退する。 ぬ=強意の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。 「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる べき=推量の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 ㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。 や=疑問の係助詞 実に老いも退きそうな気持ちがするのに、なぜだろうか。 (私のように物思いをすることが多い身には素直に喜べない。 ) まして、思ふことの少しも なのめなる身 なら ましか ば、 なのめなる=ナリ活用の形容動詞「なのめなり」の連体形、並々だ、並ひととおりだ、普通だ。 いいかげんだ、おろそかだ。 なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形 ましか=反実仮想の助動詞「まし」の未然形、接続は未然形。 反実仮想とは事実に反する仮想である。 」=「もしAだったならば、Bだっただろうに。 まして、(私が)物思いをすることが少しでも普通の身であったら、 すきずきしく も もてなし若やぎて、常なき世をも 過ぐし て まし。 すきずきしく=シク活用の形容詞「好き好きし」の連用形、風流だ、風流好みだ。 好色だ、物好きだ。 もてなし=サ行四段動詞「もてなす」の連用形、取り扱う、処置する。 ふるまう。 饗応する 過ぐし=サ行四段動詞「過ぐす」の連用形 て=強意の助動詞「つ」の未然形、接続は連用形。 「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる まし=反実仮想の助動詞「まし」の終止形、接続は未然形。 さきほどの「ましかば」を受けてのものである。 (いっそのこと)風流にもふるまい、若々しくなって、無常なこの世をも過ごしただろうに。 めでたき こと、おもしろき事を見聞くにつけても、ただ思ひかけ たり し心のひく方のみ強くて、 めでたき=ク活用の形容詞「めでたし」の連体形、みごとだ、すばらしい。 魅力的だ、心惹かれる。 たり=存続の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形 し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形 すばらしいことや、面白いことを見聞きするにつけても、ただ思いつめた心に引きつける方ばかりが強くて、 もの憂く 、 思はずに、嘆かしき事の まさる ぞ、いと 苦しき。 もの憂く=ク活用の形容詞「もの憂し」の連用形、なんとなくいやだ、にくい、気に食わない、つらい。 「もの」は接頭語で「なんとなく」と言った意味がある。 思はずに=ナリ活用の形容動詞「思はずなり」の連用形、意外だ、思いがけない。 心外だ、気に入らない。 まさる=ラ行四段動詞「増さる・勝る(まさる)」の連体形、増える、強まる。 すぐれる、勝る。 ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び。 苦しき=シク活用の形容詞「苦し」の連体形。 係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。 係り結び。 なんとなく憂鬱で、思いがけず、嘆かわしいことが多くなるのは、とてもつらい。 いかで 、今は なほ、もの忘れ し な む、思ひがひもなし、罪も深かりなど、 いかで=副詞、(反語・疑問で)どうして、どのようにして、どういうわけで。 どうにかして、なんとかして。 なほ=副詞、やはり。 さらに。 それでもやはり。 し=サ変動詞「す」の連用形、する。 な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。 「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。 む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。 ㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 思ひがひもなし=思っても意味のないことだ 甲斐なし(かひなし)=ク活用の形容詞、どうしようもない、効果がない、むだだ どうにかして、今はやはり、何もかも忘れてしまおう、思っても意味のないことだ、(こんなことでは)罪も深いことであるなどと、 明けたて ば、うちながめて、水鳥どもの思ふこと なげに遊び合へ るを見る。 なげに=ナリ活用の形容動詞「無げなり」の連用形、なさそうだ。 いいかげんだ。 る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形 夜が明けると、ぼんやりと外を眺めて、水鳥たちが物思いすることもなさそうに遊び合っているのを見る。 水鳥を 水の上とや よそに見む 我も浮きたる 世を過ぐしつつ や=反語・疑問の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び。 む=推量の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。 係助詞「や」を受けて連体形となっている。 係り結び。 ㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。 水鳥を水の上(で物思いもせずに遊んでいる)と自分とは関係のないよそごとだと見ようか。 (いや、そのように見はしない)。 私も(水鳥と同じように)水に浮いたような不安で落ち着かない日々を送っているのだよ。 かれ も、 さ こそ心をやりて遊ぶと 見ゆれ ど、 彼(かれ)=名詞、あれ。 あの人 さ=副詞、そう、その通りに、そのように。 こそ=強調の係助詞。 結びは已然形となるが、係り結びの消滅が起こっている。 本来の結びは「見ゆれ」の部分であるが、接続助詞「ど」が来ているため、結びの部分が消滅してしまっている。 これを「係り結びの消滅(流れ)」と言う。 「見ゆれ」は已然形だが、これは「ど」を受けてのものである。 心を遣る=気晴らしする。 得意になる、自慢する。 見ゆれ=ヤ行下二段動詞「見ゆ」の已然形、見える、分かる。 「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれていたり、「見ゆ」には多くの意味がある。 ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。 あの水鳥も、あのように思うまま自由に遊んでいると見えるけれど、 身はいと 苦しかん なりと、 思ひよそへ らる。 苦しかん=シク活用の形容詞「苦し」の連体形が音便化したもの なり=推定の助動詞「なり」の終止形、接続は終止形(ラ変は連体形)。 直前に連体形が来ているためこの「なり」には「断定・存在・推定・伝聞」の四つのどれかと言うことになる。 しかし、直前に音便化したものや無表記化したものがくると「推定・伝聞」の意味の可能性が高い。 さらに、近くに音声語(音や声などを表す言葉)が無い場合には、「伝聞」の意味になりがち。 なぜなら、この「なり」の推定は音を根拠に何かを推定するときに用いる推定だからである。 思ひよそへ=ハ行下二段動詞「思ひよそふ」の未然形 寄そふ・比そふ(よそふ)=ハ行下二段動詞、なぞらえる、比べる。 関係づける、かこつける。 らる=自発の助動詞「らる」の終止形、接続は未然形。 「る・らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。 自発:「~せずにはいられない、自然と~される」 その身はたいそう苦しいのだろうと、(自分自身と)思い比べずにはいられない。

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