多摩川 が 氾濫 したら。 大雨や台風によって多摩川が氾濫し、浸水してくることはどの...

川崎、世田谷、なぜ内水氾濫は起きたのか? 「内水ハザードマップ」を作り、周知して浸水対策を WEDGE Infinity(ウェッジ)

多摩川 が 氾濫 したら

窪田順生 [ノンフィクションライター] くぼた・まさき/テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。 これまで200件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。 情報戦の裏側 できれば起きてほしくない「不祥事」だが、起きてしまった後でも正しい広報戦略さえ取れば、傷を最小限に済ませることができる。 企業不祥事はもちろん、政治家の選挙戦略、芸能人の不倫ネタまで、あらゆる事象の背後にある「情報戦」を読み解く。 多摩川決壊の碑 Photo by 今から45年前の1974年9月、台風16号によって生じた激流が堤防を260メートルに渡って崩壊させて、民家19棟が流された。 首都圏の閑静な住宅地にやっとの思いで建てたマイホームが、濁流へ無残に飲み込まれていく光景は全国のお茶の間に届けられ、日本中に水害の恐ろしさを、まざまざと思い知らせた。 それから2年、TBSがこの悲劇から着想を得たドラマ「岸辺のアルバム」を放映する。 それまでの家族ドラマの概念を打ち砕くテーマ設定は大きな注目を集める一方で、現実に家を失った人たちは「人災だ」として国の河川管理に瑕疵があったと提訴した。 そして、一審で住民側の勝訴判決が出た1979年、大田区に住む69歳の男性が、地域の学校に寄贈した写真が一部で注目を集めた。 それは、当時から遡ること68年前の「関東大水害」の時に撮影されたという、完全に崩壊している多摩川の堤防である。 「関東大水害」とは、1910年(明治43年)と1917年(大正6年)の2度にわたって関東を襲った水害。 この時の被害も凄まじく、1910年の水害では関東地方全体では死者769人、行方不明者78人、そして家屋が全壊または流出した数は約5000戸を数える大惨事となり、東京だけでも150万人が被災したという。 写真はこの時の被災地・東京を撮影したもので、男性が自宅にあるのを偶然見つけたという。 ちなみに、多摩川の水害はこれ以前も頻繁に起きている。 1896年には「多摩川が氾濫して架橋流出」(読売新聞1896年7月22日)しているし、1875年には「多摩川がはんらん、53軒が床上浸水 羽田では子供が行方不明」(読売新聞1875年8月17日)という痛ましい悲劇も起きているのだ。 そのような歴史の教訓を忘れてしまったら、また同じような大水害が繰り返されてしまう。 そこで、この恐ろしさを後世にちゃんと語り継いでいかなくては、というわけで、生々しい水害写真を寄贈したというわけだ。 この「先人からの警告」を、時のマスコミも大きく取り上げた。

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大田区ホームページ:大田区ハザードマップ(風水害編)

多摩川 が 氾濫 したら

更新日:2020年6月5日 令和2年4月に大田区ハザードマップ(風水害編)を改訂しました! 今回の改訂では、以下の内容を反映しています。 大田区ハザードマップ(風水害編)の掲載内容 大田区ハザードマップ(風水害編)は、想定しうる最大規模の降雨等があった場合の大田区の浸水想定を掲載しています。 想定し得る最大規模の浸水は、めったに起こるものではありませんが、近年の水害の激甚化を踏まえ、想定外を無くすために作成されています。 近年の水害の激甚化をふまえ、災害リスクについて理解を深め、自分の家族や命を守る避難行動について改めて考えていただく際にご活用ください。 また、青の線で囲まれている場所は、氾濫時に水流によって木造家屋の倒壊や流出する恐れのある地区となっています。 高潮の想定については、一部多摩川堤防の決壊を想定しているため、沿岸部以外についても浸水想定がなされています。 こちらは、河川氾濫の他に、下水道や側溝等の排水機能低下時に起こる水の逆流(内水氾濫)が発生した際の想定も含まれます。 その他に、大田区で指定されている「土砂災害(特別)警戒区域」についても、地図に示しています。 土砂災害(特別)警戒区域については、以下のリンクを参照ください。 情報学習面 (1)自宅の浸水想定及び避難方法を確認するフローチャート (2)避難行動のタイミングを検討するためのタイムライン (3)情報収集先一覧(ホームページ等) を掲載しています。 大雨や台風等の風水害時は事前の備えが特に重要です。 いざという時に命を守る行動が取れるよう、取るべき避難行動や情報収集先の確認を行っておきましょう。

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フィクションドキュメンタリー「荒川氾濫」 H29 3 改訂版

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水害が予想される地域は、ハザードマップの作成が義務付けられています。 ハザードマップは、国土交通省のポータルサイト からたどることができます。 このサイトから、「東京都調布市」を選択し、「地面図(南西部)」を選択すると、京王多摩川付近の200年に一度の大雨での浸水予想地域のマップを見ることができます。 実際の浸水被害はどの程度であったかというと、私の知る限り、過去50年間に1回しか起きていません。 1970年頃、小田急線の和泉多摩川駅付近の堤防が決壊し、19戸の住居が流されてしまいました。 撤去されずに残されていた堰のため流れが蛇行し、大雨で水流の増した多摩川の流れが堤防を直撃する形になってしまい、決壊に至ったものです。 風雨の中、自衛隊が堰の爆破を試みましたが、堰を破壊することはできませんでした。 堰をきちんと撤去していたら、起きなかったことです。 この災害は、後に、「岸辺のアルバム」としてTVドラマ化されました。 「岸辺のアルバム」で検索してみたら、ドラマのオープニングがYouTubeにあり、ジャニス・イアンの主題歌と共に当時の水害の実映像を見ることができました。 なお、堤防を越える水害は起きていませんが、河川敷の水没は数回起きています。 現在、多摩川ではスーパー堤防のプロジェクトが進められています。 従来よりはるかに頑丈な堤防に作り変えるプロジェクトです。 これが完成すれば、数100年水害の危機は無いでしょう。 その根拠は? 多摩川流域が都市化したのは、ここ数10年のことです。 それまでは農村地帯で、下流に守るべき都市部はありませんでした。 また、日本の治水史上、都市部を守るため中流域を決壊しやすくすることもありませんでした。 なぜなら、税収(年貢)は田畑からあがってくるからです。 ただし、氾濫地の考え方はありました。 大雨時に洪水になりやすい場所で、建物などは建てないようにしてきた場所です。 現在の調整池にあたるものです。 日本に限らず、行政の立ち遅れから、氾濫地に住居が建ち、都市化してしまう問題があります。 諸外国では氾濫地を元に戻す活動がありますが、日本では都市化が進みすぎ、もはや氾濫地ではなく、洪水から守るべき地域として施策が行われています。 なお、多摩川は、氾濫の起きにくい川です。 荒川、利根川は、大規模な治水工事が行われてきましたが、多摩川はこれといった大規模工事は行われてこなかったはずです。 奥多摩湖も、治水目的ではなく、水源確保のために作られました。

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