もし 明日 世界 が 終わる として も。 もし明日世界が終わるとしても・・・【マルティン・ルターの言葉】

表向きの明るい青春模様とは裏腹に強い政治的メッセージを持つ怪作『あした世界が終わるとしても』レビュー

もし 明日 世界 が 終わる として も

『あした世界が終わるとしても』という作品のポスタービジュアルを見た限りでは、多くの人はタイトルも加味して「青春ドラマ」を連想するかもしれない。 だけど、この作品は既にhuluで『ソウタイセカイ』という15分弱、2本構成のSFアクション作品として発表されているアニメを劇場用に作り直した作品。 その時は、まだ政治的なメッセージを見受けることはなかったけれど、設定やストーリーを大幅に肉付けしたことで、社会的なメッセージ性が大変強い作品として生まれ変わった。 もし、興味のある人でhuluに加入している人は、大まかな空気感を把握するためのお試しとして観て欲しいと思う。 本作の詳細な解説に入る前に、一度政治の話になってしまうけど、現代日本の状況を俯瞰して見てほしい。 昭和中期に起きた第2次ベビーブームを境に年々出生率は低下し、平成に入ってからはバブルが崩壊したことで未曾有の不景気となり、より一層少子化に拍車が掛かかる。 国は具体的な打開策を講じることもなく、結果として超高齢社会に突入。 現在60代以上の「年金逃げ切り世代」と言われる年齢層は国民全体の4割近く、10年以内にサラリーマン生活からドロップアウトする世代を含めると半分以上を占めている。 こうした異常なまでの超高齢化が進むと、選挙に行っても数の暴力で老人票が圧倒的に強く、政治も選挙を見据えて老人優遇策が取られ続けている。 2017年の衆議院総選挙で国会議員は50代以上が6割を占め、平均年齢は55歳と、若者たちの意見がきちんと反映されているのか疑問を覚える事態となっている。 ここ数年社会の情勢は変動しているものの、いまだに若者が少しでも人間的な生活を送るには「良い高校、良い大学に進学し、良い会社に入る」というようなテンプレートを踏襲するのが安牌だと言われている。 一度でもこのレールから外れると、よほどの成功をしない限り、最低限生きていくことすら難しい。 多くの若者は、こんな社会に不満を感じているものの、現体制への打開策が正攻法では難しいと憤りを覚えているのは間違いない。 これに加えて、21世紀にもなっても依然として、他者や、異質な存在を排除する傾向の強いムラ社会ニッポン。 「再チャレンジ可能な社会」を謳っているけど、実際は口だけ。 理性をなくして道を誤った人はともかく、生まれながらにして環境に恵まれなかったり、政治や社会に振り回されて弱者に仕立て上げられても、一律で「レールから外れた人」と扱われる。 一度レールから外れたら生きるだけでも困難に陥り、犯罪に手を染めざるを得ない状況に追い込まれても、社会は同情や救済など一切しない。 寧ろそうした人に対しさらなる迫害を加えるのが実情だ。 そうした悲惨な現代の日本社会を描いた『万引き家族』は圧倒的支持を得て、国は違えど、今の生活に憤りを感じ、少しでも将来を明るくするために勇気を振り絞って投資に手を出した結果、失敗に終わり、後戻りできなくなった若者を描いた『マネーモンスター』は多くの若者の心を掴んだ。 なぜ、この作品に政治的メッセージを感じるのか この作品は何の前触れもなく唐突に死を迎える主人公の母親の一人称視点から始まる。 それから10数年が経ち、この映画の世界では母親同様に、人々の不可解な突然死が相次いでいることが社会問題となっている。 これは、1945年の戦争後から日本は2つの世界に分かれてしまい、片方は現在我々が住んでいる平和な世界で、もう一つは極端な軍国主義に進んだ日本となり、これらの世界が並行して存在している。 それぞれの世界には、社会的な立場こそ違えど、外見がほぼ似ている同一人物が存在し、両者には世界を超えた命のリンクがあって、片方の世界で命が尽きると、もう片方の人物の命が強制終了するシステムが存在する。 この「命のリンクシステム」について言及すると、この手のパラレルワールドで片方の世界の人の命が、他方の世界に何かしらの影響を与える、という設定は僕自身、『鋼の錬金術師-シャンバラを征く者-』以来で、やや既視感を覚えつつも、どこか懐かしい感じがした。 加えて、この設定が作品において、エンターテインメントとして重要なファクターを占めることに成功している。 この作品は、表向きに「青春ドラマ」の様相を見せているけど、実はこのパラレルワールドにおける世界設定をふんだんに活かしたギミック物SF作品で、物語をハッピーエンドに導くまでに、主人公たちがどの様に奮闘し、立ち回るのかと、観察していてとても楽しい作品として仕上がっている。 こうした「世界の設定」を踏まえてあらすじについて触れていくと、先に長々と書いた政治的なメッセージが見えてくる。 極端な軍事路線を歩んだもう一つの日本は、かなり荒廃している。 政治的には若い女性を元首として据え、希望ある未来を考えているように見せているものの、その背後には実権を握る老人たちの暗躍があることが伺える。 言葉を変えるなら、帝政でありつつも元首はお飾りで、一部の老人たちがフィクサーとして自分たちの都合のいいように、政治を動かしている。 と言ったほうがわかりやすいだろうか。 その上、その老人たちが若い人を操って、自分たちの都合のいいように政治、社会を運営するという様相はまさに、現代日本の縮図とも見て取れる。 この戦争で「荒廃した日本側」が確実な勝利をおさめるには、こちらの世界の日本の軍事、政治システムを麻痺させるのが一番と考え、自分たちの世界で対となる人物を次々に処刑していく。 もちろん政治指導を行っている者はみな、老人と言われるような年齢の人ばかりで、姿や形は違う世界でも、互いに共通しているのは老人たちが政治を動かしているという点だと気づく。 一つの鑑賞スタイルとして、それは決して間違っていないけれど、突然死を迎えるのが老人ばかりという点と、世界を救う、または現状打破を積極的に行うのが若者である主人公たちということを踏まえたら、これは「若者が社会を作り変えるために、立ち上がって奮闘して欲しい」というメッセージが作品の裏に隠されていることに気がつく。 加えて、この手の「ティーンエイジャーまたは20代の若者が主人公」、「世界を救う」という要素を持った作品はこれまでに数多く制作され、いい加減同じようなものばかりで辟易してきたという人もいるかもしれない。 ところがこの作品は単に「世界を救う」という部分に限らず、悪政の根幹を絶つ様相が、ただの直接対決ではなく、知恵を絞り、頭を使って戦う様が描かれているため、新鮮な気持ちで作品を最後まで鑑賞することができる。 クラフターの映像技術 この映画は『イングレス』を制作したクラフターが制作しており、『イングレス』同様に全編フルCGで描かれ、背景はロトスコープを使用した作品となっている。 この手法が取られた作品は、どうしても歩行を始めとした人物の基本動作が機械的で、既存の手書きアニメ作品比べて、嫌悪感を抱く人が一定数いるのは十分承知している。 だけど、この作品においては、今現在日本で最も多くの人に受け入れられるであろう3DCGアニメとして制作されており、手描きアニメと比べても遜色のない作りになっていると思う。 その違和感を最小限にとどめている主たる要因は、洗練されたトゥーンシェード技術にある。 一部のシーンでは3DCG特有の違和感を覚えることもあったけど、全体を通すと手描きアニメーションを見ているかのような錯覚を覚えるほどクオリティが高く、トゥーンシェイドのレベルが統一されている。 そうしたレベルの高さもあってか、この作品には途中静止画のカットがいくつも存在し、制作会社の自信が表れている。 ただ、これだけ映像技術が高いと新たな難点が生じることがある。 それはアフレコをする声優の演技が合致しないことだ。 アニメの制作現場では、アフレコ段階で絵が完全に出来ておらず、声優は白ハゲ状態のアニメーションと、音響監督の指示と想像力で演技するのが当たり前。 その後オンエアされた時に絵と演技が噛み合わないなんてことは、セルアニメ時代から往々にしてあることだ。 ただ、フルCGの作品は少々事情が違って、手書きのアニメ以上にキャラクターの動きをなめらかにして、CGっぽさを消すための演出が仇となって、声優の演技のほうが実際の絵よりもオーバーリアクションになっていることがある。 この作品でも驚愕を示す演技の時、見た目は少しだけ驚いているだけなのに、声だけがオーバーに聞こえる、というようなことがいくつか見受けられた。 これは声優の演技力や制作会社の技術力云々の話ではなく、手描きアニメに近づけるCGアニメの手法や演出が引き起こす、負の要因だと理解していただきたい。 戦闘シーンに言及すると、ポスタービジュアルのイメージとは程遠く、多くのシーンで部位欠損満載の派手な構成となっている。 しかし、全編に渡ってTVゲームのQTEに近いテイストで描かれているため、映像作品として鑑賞するとエフェクトが強いシーンが多い上に単調なため、やや飽きがきてしまう。 またそうした、部位欠損や流血が比較的多い作品なのに対し、メインキャラクターのダメージ表現はかなり抑えられ、もう少し演出的に冒険したら作品の深みが増したのではないか、と疑問に思う部分もあった。 非常に残念なのはこの作品は、原作を依り代にしない完全オリジナル物であるのに、宣伝がキャリアのある声優起用に委ねられているだけで、HPや動画等での告知があまりうまくいっていないように思える。 元となった『ソウタイセカイ』も、ある程度世界観の設定は把握できるものの、力強いメッセージ性は持ち合わせていない。 そのために、作品本来の持ちうる力を見せることなく沈んでいくには惜しい作品だと思う。 このレビューで少しでも多くの人が作品に興味を持ってほしいと切に願う。 全編に渡り設定を活かした「ギミック作品」• 現代の若い人に向けて訴えかける未来のための強いメッセージ• 全編フルCGでありながら、手描きアニメと錯覚するような高い技術力の映像 短所• 戦闘シーンがTVゲームのQTEの様で少々退屈• 理解できれば楽しい作品だが、小難しい設定• 一部シーンで表情や仕草が噛み合わない声優の演技 総評 この作品は、単に若者が悪を挫き、世界を救うという古くからのフォーマットをなぞらえた作品ではない。 悪が未来を摘み取り、自分たちの安寧と栄華を謳歌するという目的を持つ様は現代日本の社会、政治に共通する点があり、これを打倒する若者像は、これからの未来ある若者に、希望ある社会作りに参加してほしいと願いを踏まえている。

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あいみょん あした世界が終わるとしても 歌詞

もし 明日 世界 が 終わる として も

出典 外山夏緒さんの物語の連載【誰かの話】39話めは、「四人の女の子の秘密会議」のお話です。 もしも明日世界が終わるとしたら ケイちゃんとラナちゃんとニコちゃんとホノちゃんの 本日の秘密会議/議事録 「もしも明日世界が終わるとしたら今日は何して遊ぶ?」 「花の種を蒔くのはどうかしら?」 「それはいいわね」 「それはいいわね」 「それはいいわね」 「どうして種を蒔くの?」 「私たちがここにいた証を残すのよ」 「すごく素敵だわ」 「とても素敵だわ」 「種を蒔きながら街まで歩きましょう」 「何の花がいいかしら?」 「かすみ草がいいわ」 「ポピーもいいわね」 「マリーゴールドも入れましょう」 「デージーは外せないわ」 「全部の種を混ぜて植えるのはどうかしら」 「それはいい案だわ」 「そうしましょう」 「そうしましょう」 「明日世界が終わったとしてもいずれここには花が咲くわ」 「きっと綺麗な景色ね」 「まるで天国のようね」 「地獄にも花くらいは咲いてるでしょうけどね」 「あらあなた、地獄は切り花しかないわよ」 「そうなの?」 「そうですの?」 「そうしたら地獄に行く時はここで咲いた花を摘んでいきましょう」 「フフフフフ」 「それでは今から花の種を集めに行きましょう」 「そうしましょう」 「そうしましょう」 「そうしましょう」• 「App Store」ボタンを押すと iTunes(外部サイト)が起動します。 アプリケーションは iPhone、iPad または Android でご利用いただけます。 Apple、Apple のロゴ、App Store、iPod のロゴ、iTunes は、米国および他国の Apple Inc. の登録商標です。 iPhone は Apple Inc. の商標です。 iPhone 商標は、アイホン株式会社のライセンスに基づき使用されています。 Copyright C 2017 Apple Inc. All rights reserved. Android、Android ロゴ、Google Play、Google Play ロゴは、Google Inc. の商標または登録商標です。

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中島美嘉 明日世界が終わるなら 歌詞

もし 明日 世界 が 終わる として も

笑 吹きさらしの公園はまだ寒いです。 1日でできることなんてしれてる。 とは言うものの、 色々とお世話になった場所が福島のある場所なのです。 いろんな人にありがとうっていいたいです。 僕は、 ありがとうを伝えにいきます。 家族は勿論、ずっと支えてくれた先生。 そして傷つけてしまった人にも。 傷つけてしまってごめん。 でも君と出会えて良かった。 出会ってくれてありがとう。 そう言いたいです。 でも、地球の最後だけじゃなくて、 常にありがとうを心に持って、 過ごしていきたいです。 いつも通り過ごす。 ふむふむ。 バイトが入ってるなら、バイトに行きますし、学校ならちゃんと講義を受けますし、何もなければだらだらします。 そして、最後はいつも通り寝ますね笑• あなたが苦しんできた経験を相談者さんのために活かすことで、相談者さんの気持ちが軽くなるだけでなく、あなたも「誰かの力になれた」という自信がついていきます!.

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