枕草子特徴。 清少納言の作品【枕草子】とはどんなモノなの?わかりやすくカンタンに!

5分で分かる枕草子!日本三大随筆のひとつをわかりやすく解説!

枕草子特徴

「枕草子」の随筆としての特徴は? そもそも随筆とは、気ままに好きなことを書き連ねた文章のことを指します。 現代風に言葉を変えるとしたら「エッセイ」でしょうか。 そこでまずは、「 枕草子」の随筆としての特徴について見ていきましょう。 「 春はあけぼの。 やうやう白くなりゆく~」という馴染みの冒頭で始まる「枕草子」は、平安時代中頃の作品です。 作者は当時、あの「源氏物語」の作者・紫式部と並び称される人気女流作家、 清少納言(せいしょうなごん)です。 そんな「枕草子」の最大の特徴といえば、作品中に複数回出てくる「 をかし」という言葉でしょう。 その数、なんと四百回以上。 これは、現代語にする際には、「興味深い」だとか「好ましい」「素晴らしい」などの意味として訳されています。 さらに、題材としては 平安時代である当時の貴族社会や自然美などを取り扱っています。 その書き綴りようは、とても自由です。 四季折々の醍醐味や美しさを述べているかと思えば、自分が仕えていた中宮・定子の素晴らしさを自慢してみたり、宮中のちょっとしたエピソードを書いていたりもします。 そればかりか、「容姿が優れていないカップルは公衆の面前でイチャイチャして欲しくない」だとか、「大した野菜でもないのに、正月になぜ大根がが取り沙汰されるのか」など、ちょっと毒の混じった持論まで書き連ねてあるのです。 現代的に見ると、ちょっとしたブログですね。 この「枕草子」は、随筆と呼ばれるに相応しく、清少納言が個人的に「興味深いもの」や「美しく素晴らしいもの」「気になって仕方がないもの」などを並び立てて書き綴った作品なのです。 スポンサードリンク 「方丈記」の随筆としての特徴は? 続いて、「 方丈記」の随筆としての特徴について見てきます。 作者は 鴨長明(かものちょうめい)という人物で、随筆家という面以外にも、歌や琵琶、琴の名手としてもその名を馳せた事で知られています。 また、冒頭部分の「 ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。 」がとても有名です。 鎌倉時代初期に書かれたこの作品ですが、実は既に、原文が失われてしまっているのです。 そんな鴨長明が描いた「方丈記」は、三大随筆と言われてはいますが、他の「枕草子」や「徒然草」と比較すると、また違った雰囲気の世界観を描き出しています。 「方丈記」に書かれている前半部分は、鴨長明が実際に体験した五大災害が記され、またそこから窺えるこの世の無常さや理不尽さが描かれています。 そして、後半部分では、自身の生まれや環境などを先述し、そこから出家隠匿した後の生活のことや、仏道への高まる念などが書かれています。 つまり、この「方丈記」というのは、 鴨長明の人生観や無常観などを記した、自叙伝ともいえる作品なのです。 そのため、近年では、この「方丈記」を随筆とするのは間違いなのではないかという一部の意見もあります。 作者の 吉田兼好(よしだ けんこう)は、南北時代に官人として仕えており、また歌人や随筆家、古典学者、能書家など多彩な才能を発揮した人物です。 本名を卜部兼好(うらべ かねよし)と言い、また、出家したこともあり、兼好法師と呼ばれることもあります。 「徒然草」の作成時期は、鎌倉時代末期ごろという説が主流ですが、正確な時代は断定されていません。 さて、徒然草も他の2作品と同様、冒頭部分が有名です。 「 つれづれなるまゝに、日暮らし、硯に向かひて、心に移りゆくよしなしごとを~」 この一節に、見覚えがある方もいるのではないでしょうか。 そんな吉田兼好の「徒然草」は、冒頭の文章を現代語に訳してみると、一体どんなものなのかが分かります。 簡単に現代語に訳してみました。 「 これは、取り留めてやることがなく、 手持無沙汰なまま硯に向かい、 心に浮かぶ他愛ないことを赴くままに一日中書いていたもの」 つまり、「徒然草」には、「これだ」というテーマはありません。 ただ、 吉田兼好が思いつくままに、自分が思ったこと書き連ねた作品なのです。 強いて言えば、その項その項で独立した短編集のような作品といえるでしょうか。 おかげで 登場人物は、天皇や上皇、貴族に武士、更には博打打ちなど、男女の境なく幅広い人物たちが出てきます。 これがまた活き活きと描写されていて、吉田兼好の優れた観察眼が窺えます。 また、 独自の持論や趣向なども幅広く述べられており、項によっては一貫性がない主張などもされています。 そこがまた人間味を感じさせ、確かに思いつくままに書かれたのだろうと感じさせてくれるのです。 教科書ではお馴染みの「徒然草」ですが、実は 大人になってからの方が面白さを味わえるかもしれません。 色々な人々と出会い、経験をしたからこそ、吉田兼好が言いたかったことが理解できるといった作品だと思います。 「徒然草」は、吉田兼好が年を重ね、経験を積み、生きていく上で得た感性や価値観などの持論を述べた随筆らしい随筆なのです。 スポンサードリンク この記事のまとめ 日本三大随筆といわれる「枕草子」「方丈記」「徒然草」の随筆としての特徴を、もう一度簡単にまとめてみました。 ・枕草子: 作者は清少納言 平安時代中期に書かれた 「春はあけぼの。 やうやう白くなりゆく~」という冒頭部分が有名 「をかし」という言葉がよく使われる 当時の貴族社会や自然美をよく扱っている ・方丈記: 作者は鴨長明 鎌倉時代初期に書かれた 「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。 」という冒頭部分が有名 作者の人生観や無常観をよく扱っている ・徒然草: 作者は吉田兼好 鎌倉時代末期に書かれたとされる 「つれづれなるまゝに、日暮らし、硯に向かひて、心に移りゆくよしなしごとを~」という冒頭部分が有名 作者が思った事を書き連ねた作品。 内容も幅広い 学校で習うことも多いこの三作品。 三代随筆という括りではありますが、このように比較してみると分かるように、それぞれとても色合いの違った作品だとは思いませんか? 随筆は、決して難しいジャンルではありません。 なにせ書き記した人物もまた、気楽に書いているのです。 今だからこそと読んでみれば、勉強として習っているときには気付かなかった面白味を味わえるかもしれませんよ。 スポンサードリンク.

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清少納言の枕草子について...

枕草子特徴

『枕草子』は平安中期頃の時代に書かれた随筆で、『方丈記』『徒然草』と並ぶ、日本三大随筆のひとつです。 作者は清少納言(せいしょうなごん)という皇后定子(こうごうていし)に仕えた女房で、日本最古の随筆とも言われています。 『枕草子』は、文章の長短・形式・内容ともにさまざまな約300の章段で構成されていますが、特徴的と言えるのは、他の文学作品に類を見ないくらい「同じ種類の事柄を集めた章段を含んでいること」です。 「山は」「河は」「すさまじきもの」「ありがたきもの」などから始まる段が代表的です。 例えば、『枕草子』第72段の『ありがたきもの』では、 原文:ありがたきもの。 舅にほめらるる婿。 また、姑に思はるる嫁の君。 毛のよく抜くる銀の毛抜。 主そしらぬ従者。 つゆのくせなき。 かたち心ありさますぐれ、世にふる程、いささかの疵なき。 現代語訳:めったにないもの。 舅(しゅうと)にほめられる婿。 また、姑(しゅうとめ)に大事にされるお嫁さん。 毛がよく抜ける銀の毛抜き。 主人の悪口を言わない従者。 少しも癖がない人。 容姿、心、態度が秀でていて、世の中を渡る上で、ほんの少しの欠点もない人。 とあります。 このようにものを列挙していくかたちをとるので、『ものづくし』とも呼ばれます。 名詞がつづられていくだけですが、選ばれる言葉を読んでいるだけでも、清少納言の鋭い感性や、知性の高さがうかがえます。 『枕草子』にはこのほか、宮中での生活や日常のできごと、人々の暮らしなどをつづった日記的な章段や、心に浮かんだことを書きとめた随想的な章段などがあります。 余談ですが、平安時代、天皇の妃である皇后に仕える女房は、宮中に仕える女官の中でも教養があり、賢い人でなければならないとされていました。 清少納言も頭の回転が速く、知性に秀でた人で、『枕草子』の日記的章段の中には、そのことが分かる『香炉峰の雪』(こうろほうのゆき)という逸話が記されています。 ある雪の日、清少納言は、皇后定子から「香炉峰の雪はどうかしら?」と尋ねられます。 「香炉峰」というのは中国にある山の名で、清少納言はとっさに「香炉峰の雪は簾を上げて見る」という中国の漢詩の一節を思い出し、そっと簾を上げて見せました。 その場にいたほかの女房たちは、「やはり、清少納言のような人でなければ、皇后定子にはお仕えできない」と感心しました。 『枕草子』は随筆ですから、この逸話は実際に起こったことを清少納言が自分でつづったものとなります。 つまりは自慢話なのです。 清少納言は、自分の美的感覚や教養に自信を持っていたため、『枕草子』の中にはこういった自慢話がちらほら出てきます。 これも、『枕草子』の特徴だと言えます。 『枕草子』は、同時代の作家である紫式部(むらさきしきぶ)が著した『源氏物語』(げんじものがたり)と対比して語られることがよくあります。 源氏物語が『もののあはれ』を題材に、しみじみとした情感を表した『静』の文学であるとすれば、『枕草子』は『をかし』を題材に、新鮮さや知的好奇心をくすぐられる感情を表した『動』の文学といえるかもしれません。 清少納言が『枕草子』の中で一貫している『をかし』は、独特の美的感覚です。 普通の感覚ならば、朝焼けや夕暮れ、川を飛び交う蛍などを見て、「ああ、きれいだなあ」と感じるだけのところを、清少納言は一度頭で考えて、知的な美や楽しみを見出し表現しているのです。 『をかし』の例として、随想的章段の代表である「春はあけぼの」から始まる段の一節を読んでみましょう。 この段は、みなさんもよく知っている、『枕草子』の冒頭です。 春の文章は丸暗記している人も多いと思うので、ここでは、この段の冬の部分をご紹介します。 原文:冬はつとめて。 雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。 昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。 現代語訳:冬は早朝が良い。 雪が降っている時は言うまでもない。 霜がおりて白くなっているのも、またそうでなくても、とても寒い時に、火を急いでおこそうと炭を持って廊下を渡っていくのも、冬の朝に大変似つかわしい。 昼になってだんだんと暖かく、寒さがやわらいでいくと、火鉢の炭火も白い灰が目立つ状態になって、見劣りがする。 いかがでしょうか? 実際に読んでみると、ただ冬の早朝の風景が「きれい」や「美しい」というだけにはとどまらない、清少納言の知的感性が表れていることが分かります。 みなさんも、清少納言を見習って、日常の何気ないできごとや風景を、知的に眺めながら楽しめる感性を磨いてみてください。 きっと新鮮な発見があり、これまで考えてもみなかった視点に気づくことができるはずです。

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枕草子入門!作者は誰?書かれた時代はいつ?書いた理由や場所は?

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